PROJECT_03
「眼を護る技術」を「攻める技術」に応用する
新しい発想のスタート
きっかけは、プロゴルファーの石川遼選手がふと口にした言葉だった。
「Tショットで打ったボールは飛距離があり、眼で追いきれない。サングラスで見えやすくすることはできないか。」
アスリートが競技の際にサングラスを使用する理由は、眩しさを防ぐことで競技中の疲れやストレスを軽減するためや、風・雨・飛来物などから眼を護るため、目線を隠すことで競技中の駆け引きを優位にするため、といったどちらかといえば「護る」ことを目的とされていた。
「ボールの落下地点が確実に分かれば、いち早く次の戦術を考えやすくなる。だからボールをしっかりと見たい。」石川プロはサングラスに「攻める」機能を求めていた。
山本光学では強いレーザー光から眼を護るための保護メガネの開発や製造などで「レンズで光をコントロールする技術」を長年培ってきた。人々の眼を護ることで培った技術をスポーツ分野に応用することで、対象物を「はっきりと見せる技術」に繋げられるのではないか。石川プロの言葉を聞いた開発担当者は、色彩や色の見え方について研究をされており、当社とつながりのあった近畿大学生物理工学部・片山一郎教授に相談。産学共同で「ゴルフボールを見えやすくするレンズ」の開発がスタートすることになった。
開発がスタートすると、サポート担当者・開発担当者はチームとなって、幾度となく石川プロの練習ラウンドに足を運んでテストを重ねていった。その中で、ボールの色を強調するだけではなく、18ホールのラウンド時間を通して着用できるように自然な視界の色・眼への負担の少なさとのバランスが重要だという結論に達し、最初の「ULTRA LENS for GOLF(発売当初はアイスブルーレンズ名称)」が生まれた。
石川プロは「このレンズを着用すると景色やボールがハイビジョンになったようにはっきりと見える。よく見えることは精神的な落ち着きにもつながるので、気分を落ち着かせて集中したいときにも着用するメリットがある。」とコメント。
護るだけでなく攻める。眩しさを抑えるサングラスから、見たいものをよりはっきりと見せるアイウェアに進化したのだ。
「ULTRA LENS for GOLF」は2012年より市販サングラスに搭載され、多くのお客様に性能を体感いただいたことはもちろん、よりよく見せてパフォーマンスを高めるという考え方を他の競技や用途へ広げるきっかけとなった。
ゴルフ用レンズで培われた技術が次に生かされたのは「アーチェリー」。
2015年に片山教授より近畿大学体育会洋弓部に所属し競技を行っていた古川高晴選手をご紹介いただき、「70m先のターゲットを見えやすくすることで競技への集中を高めるレンズ」の共同開発を開始。アーチェリーで使用するターゲットの中心に近い部分「黄・赤」を強調して見せることで狙いを定めやすくすることに成功。さらに古川選手の「レンズ外面はミラー(鏡のように光を反射する)加工で目線を隠せること」・「日陰に入った際にも着脱する必要がない明るさであること」という要望を実現するべく現在も開発を継続している。
その後も、悪天候下でも雪面の凹凸を見えやすくする「ULTRA LENS for SNOW(2016年~)」、バスフィッシングにおいて水中の魚影や地形を見えやすくした「ULTRA LENS for FISHING(2018年~)」など、使用環境に合わせて視認性を高めたレンズの開発・発売へと続いていく。
2020年に発売されたULTRA LENSシリーズ最新作、野球用の「ULTRALENS for BASEBALL」はゴールデングラブ賞を3回獲得する守備の名手・源田選手と共に開発。レンズテストの際、源田選手から特に視界が暗くなりすぎない点について強く要望をいただいた。暗すぎるレンズではゴロの処理時、自分自身の陰にボールが入ってしまうと瞬間的にボールが見えにくくなってしまうのだ。一瞬でも暗さを感じると判断が遅れ、捕球動作の遅れという結果となって表れてしまう。 一方で「フライ捕球のため上空を見上げる」・「逆光の中投手から放たれるボールを打撃する」など、しっかりと眩しさを抑える必要のある場面も存在する。
時に相反するような要求事項を含む様々なシチュエーションを想定し、同じく白球を追うゴルフ用レンズの開発経験を活かすことで「ボールをはっきりと見えやすくし、眩しさを抑えながらも暗くなりすぎないレンズ」は生まれた。
さらには競技やスポーツという枠を超え「日常の運転をより安全に」するために運転中に注意するべき路面の状況や警告標識、前走車のブレーキランプをはっきりと見えやすくした「ULTRA LENS for DRIVING(2019年~)」へ展開を拡大している。
いずれのレンズ開発においても、きっかけはアスリートの方々と当社のサポート担当スタッフが現場で交わした「こんなものがもっと見えればいいのに」というコミュニケーションがきっかけだった。ふとした会話からアイデアが生まれ、検討が始まり、テスト、開発へとつながっていくのである。ではどのように開発は進むのか。
レンズ作りはカレー作りに例えることがある。様々なスパイスを調合して味を作り出すように、光の波長(色)をコントロールする材料の種類・分量を細かく組み合わせることで、見たいものがよりはっきりと見える視界を作り出す。
開発はトライ&エラーの連続。選手にテストをしていただき、評価を聞き、次の試験品に反映し、再びテスト。さらに天候や条件を変えてテスト。1つのレンズ開発にあたっては20種類以上のレンズテストを行うこともある。
選手から頂く評価コメントは視界という味である。明確なスパイスの分量の指示ではない。そのため次のテストレンズを作るために開発担当者は、味を表現した選手の言葉を紐解き、どのスパイスをどれだけ使うかというレシピを作る必要がある。
最適なレシピを作り出すために、山本光学の製品開発は「現場主義」をモットーとしている。開発担当者は必ずテストの現場に足を運び、選手と直接コミュニケーションをとる。微妙なニュアンスや条件などを人づてではなくダイレクトに聞く・感じることで、齟齬なくスピーディーに次のテスト品開発へと反映することができる。
さらには開発者だけでなくマーケティング担当者もテストに参加する。選手から発せられた言葉は最高のセールストークにも繋がるのだ。
様々な部署・職種の担当者がチームとなって参加することで、開発スピードと効果を最大化する。集まった開発チームに共通するのは「アスリート(ユーザー)ファースト」の思い。これは、開発・製造・販売をすべて自社で行う一気通貫の体制が生みだす山本光学の強みだ。開発には苦労や壁が幾度となく現れるが、協力していただいたアスリートの方々の「結果」につながり、ユーザーの方から「使ってよかった」という言葉をいただくたびに、次の開発への原動力になると開発チームは言う。
山本光学は今後もアスリートやスポーツ愛好者の方へより快適な視界の提供を目指すべく開発を続けていく。