PROJECT_05
アスリート(ユーザー)ファーストの思いと「現場主義」が生んだ、既成概念を変える製品
山本光学では現在、「ゴールボール競技用アイシェード」「パラ競泳用ブラックゴーグル」という2つのパラスポーツ用アイウェアの製造・販売を行っている。
どちらの競技も視覚障がいの程度でプレーに差が出ないよう、競技は「目隠し」をして視覚が完全にふさがれた状態で行われ、その色は『視覚障がい=暗い世界=黒色』というのが世界の常識であった。
しかし現場主義の元、実際に聞いたアスリートの声が、常識を打ち破る製品を誕生させた。
ゴールボールは1チーム3人の選手が鈴を入れたボールを転がして相手チームのゴールに投げ込むことで得点を競う競技。
当初使用されたスキーゴーグル改良アイシェード
レンズ部分に遮光シートを装着、通気メッシュ部分にも布が貼られている
ゴールボール競技関係者の方からの依頼を受け、最初はスキーゴーグルをベースに、レンズの代わりに遮光シートを装着し、上下通気メッシュの代わりに遮光生地を貼付したアイシェードの製造を開始した。日本人向けに設計されたスキーゴーグルをベースとしたことで、これまで使用されていた海外製のアイシェードにはないフィット感を得ることができ、開発は成功したかに思われた。しかし…
実際に使用している選手のもとに赴き、ヒアリングを行うと、『遮光』以外の問題点が浮き彫りになった。
「ボールが当たった時に衝撃でアイシェードがずれたり、レンズが外れることもある」
使用されるボールはバスケットボール大で重量は1.25kgほどあり、ずっしりと重い。男子のトップ選手ともなると、ボールのスピードは60km/h以上となり、守備選手に当たった際には大きな衝撃となる。顔に直撃することも少なくない。 アイシェードには『遮光』だけでなく『安全性』も求められる。 現場からの声に開発陣は専用品の必要性を痛感した。
専用品開発の大きなテーマとなったのが『安全性』だ。専用品であればそもそもスキーゴーグルの形状にとらわれる必要は無い。開発チームの雑談の中でふと出てきた「レンズが外れて危ないのであれば、レンズをなくしてしまえばいいのでは?」という一言が解決へとつながった。レンズとフレームを一体化した形状はこうして逆転の発想から生まれた。
さらにフレーム外周部(リブ)の高さを出すことでボール直撃時にも鼻を護り、フレーム剛性を高めたことで衝撃を顔に伝えないようにしている。リブの高さもブロックで手を伸ばした時に邪魔にならず、かつ鼻や顔を護ることができるよう、選手のもとに何度も赴き、テストしていただきながら調整を行った。
『JAPAN』の刻印が入った特別モデル
現場でのテストの中、関係者から発せられたある一言に開発チームはハッとさせられた。
「このアイシェードに色を塗ることはできないんですか?」「ゴールボール競技が見る人からカッコいいスポーツだと思ってもらえるようにしたい。選手にとっても使いたいと思える製品は大きなモチベーションになるはずです!」
ゴールボール競技をはじめ、視覚障がいスポーツで使用される目隠し用アイウェアは、「視覚障がい=暗い世界=黒」が当たり前であり、開発試作品も黒色で製作していた。
開発チームはさっそくフレームへの塗色を行った。
特に「JAPAN」の刻印を入れた代表チーム専用カラーは、選手の間でも「代表に選考されればあのアイシェードが使える」とプレーモチベーションにつながっている。
赤や青など従来にはない色使いのアイシェードは、デザインが人々の常識を打ち破って新たな価値を生んだとして、2018年グッドデザイン賞を受賞。現在『GB-161』モデルとして市販されている。 また日本ゴールボール協会のオフィシャルサプライヤーとして、継続した製品サポートや普及活動なども行っている。
視覚障がいの方の水泳競技でも、競技の公平性を保つために視覚をふさぐためのスイミングゴーグルが使用される。しかしトップ選手であっても通常のスイミングゴーグルのレンズ部分を油性ペンで塗りつぶして使用しているような状態であった。 競技中に少しでもインクの剥離が起きて光が入るようになると失格になってしまう恐れがあり、選手にとっても、審判にとっても負担となるものであった。
上:ミラー加工付きブラックゴーグル 下:ブラックゴーグル
そこで最初から光を通さない黒色の材料で成形した視覚障がいクラス専用ゴーグル「ブラックゴーグル」の製造を開始。 2017年からはWPS(世界パラ水泳連盟)のオフィシャルサプライヤーとして競技を支えている。
ゴーグルは競泳選手にとって、競技中に個性を出せる数少ないアイテムであり、以前よりベルトの色を変えるなどのサポートを行ってきた。ゴールボール用アイシェード塗色の経験を活かし、黒色で成形されていたレンズ部分に、光を反射するミラー加工を施すことを選手に提案。 選手からは「仕方なく装着するものから、アスリートとしてカッコよく見せるために着けたいものになった」との声をいただいている。
このミラー加工ブラックゴーグルも市販され、誰でも購入が可能になっている。日本だけでなく世界の選手からも愛用いただき、着用した選手が国際大会で数多くのメダル獲得へとつながった。
所属部署や職種に関係なく、体験会など製品に触れる機会づくりを行っている
アイシェード・ブラックゴーグルともにイノベーションを生んだのは、製品を使用するアスリートの思いを現場で聞く『現場主義』と、『ユーザー(アスリート)ファースト』の思いである。
製品開発だけではない。完成した製品を自分たちで使用することも大切な『現場主義』。
直接開発に携わるメンバー以外の社員もゴールボール体験会への参加なども積極的に行っている。社内で一人でも多くの社員が『気付き』のきっかけを得られる環境づくりも次のイノベーションに欠かせないものとなっている。